この人の日本におけるナポレターナ普及の貢献度は高い。この人がナポレターナの草分け的存在である、と言って文句を言う人はいないだろう。ナポリにはナポリ語があり、カンツォーネなどと一括りにイタリアの歌というわけにはいかないことはあまり知られていないだろう。
昨年の12月に発売されたCD「ナポリの宝物(古典ナポレターナ訳詞歌集)」に私は3曲書かせてもらった。「愛の追憶 センツェテ」、「ナポリ人のセレナード」、「3月」。詞ができたのは、洋楽界でイタリア音楽を長くプロデュースしてこられた新井健司さんがご存命の頃。
本当はCD「ナポリの宝物」も新井さんが最後までプロデュースするはずだった。それが突然に他界され、後は松本淳子が完成させた。
新井さんは「ランバダ」をヒットさせた方でもあり、詞については一言も二言もある人だった。3曲とも何度かやり取りして、歌になるまでは結構時間がかかっている。
「愛の追憶 センツェテ」は、松本のための書下ろしであるが、大変饒舌な詞だった。シツコイほどの愛の詩だったのを随分すっきりとした詩に書き変えてしまった。人は愛を失うと行く道が見えなくなる。人生がそれほど、漠としてしまうということだろう。脇見をしながらでも隣にいてほしい、と書いた。誰か別の人を想っている人を見るのは、それはそれで辛いかもしれないが。全く失うよりはいいか、というところで。
「ナポリ人のセレナード」は題名通り、ナポリ人の性格がよく表れているという。地形的に何度もスペインなどの支配を受けたこの国は、表面上は従順な振りをしてきた。そして後で後ろを向いて舌を出す。ナポリ語で毒づいて。相手はどうせわからないさ、と。だからどこか屈折してしまうらしい。確かにこの歌の詞はストレートに相手に訴えかけてはいない。
君は僕を振ったよね。でも君だってバカにされているんだぜ。僕はそれを知ってるんだ。僕たちは二人とも失恋したんだ。でも、僕はまだ君が好きなんだ。帰ってきておくれ。カタリ、愛しいカタリ、ああ。とまあ、去っていた彼女の不幸さ、惨めさまで盛り込んだ詞なのだった。
「三月」は詩人ジャコモの作品だけあって繊細。三月の不安定な天気のように、恋心が揺れる。まだ冬の雲の消え去らない空にさっと小雨が降りかかる。花の咲く暖かな陽光はまだ射さず、二人の関係はまだ固い。でも季節は確実に春に向かっていく。恋に胸をふるわせる僕と寒さにふるえる小鳥と。カタリわかるだろう。
この歌の女性もカタリ。カタリーナの愛称だろうか。ナポリ語の持つ不思議な言葉の余韻や、独特の曲調の変化を楽しませてもらった。詳しい歌の背景は京都外語大の先生の解説を読んでいただければ。アカデミックにしてポピュラー、本当に宝物のような珠玉のナポレターナばかりを集めたCDができて嬉しい。
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愛の追憶 センツェテ
冷たいシーツに
手を伸ばしても
あなたはいない
うつろな夜が
悲しい
こんなにも
あふれる想い出
ひとつひとつが
胸をしめつけてくる
何故、あなたは
いないの
SENZ E TE
人混みの中で
SENZ E TE
迷子のように
ひとり
あなたを探して
さまよう
SENZ E TE
涙がこぼれて
SENZ E TE
そばにいて欲しい
たとえ
あなたが誰かに
恋しても
感じてる
あなたもきっと
しあわせじゃない
解けないきずなに
結ばれ、ふたりは
生きている
SENZ E TE
人混みの中で
SENZ E TE
迷子のように
ひとり
あなたを探して
さまよう心は
SENZ E TE
あなたのほかに
SENZ E TE
誰を、愛せばいい
今も
あなたの愛だけを
抱きしめて
抱きしめて
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ナポリ人のセレナード
窓のガラスに指で
誰かの名前綴って
独りぼっち佇む
君の影が映る
澄んだ空に高く
銀の月が溶ける
道を渡る風は
溜め息つく 何度も
すてきな夜だ
でも君に会えない
なんて辛い仕打ちを
カタリ 冷めた瞳で
旨に沁みるよ
セレナータの調べ
カタリ 君の微笑み
淋しくよぎる
カタリ カタリ
戻って遅れ
カタリ カタリ
夢から覚めて
カタリ カタリ 君は
今も彼に夢中
けれど僕は知ってる
彼の浮気な心
今夜通りで見かけた
綺麗な誰かを腕に
君を笑う彼を
二人は悲しいピエロ
惨めな夜だ
待ちぼうけの君と
振られた 僕照らして
滲む 街の灯り
君に会いたい
どうか もう一度
カタリ 僕に聞かせて
やさしい一言
カタリ カタリ
戻っておくれ
カタリ カタリ
夢から覚めて
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三月
めぐる季節に
気まぐれな小雨
戸惑い、陽射しは
微笑みかける
雲に覆われた、三月の空に
名残惜しみ、冬の風が
春を瑠璃色に染める
めぐる季節に、気まぐれな小雨
寒がる小鳥は
太陽が欲しい
濡れた土の上に
優しいすみれ
カタリ、わかるだろう?
切ない胸の想い
心惑わす、君は春
羽震わす、僕は小鳥
めぐる季節に、きまぐれな小雨
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