桜の実の熟すころ

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桜の実の熟すころ

 
温められた瞼の内側が
不思議なペイズリー模様になり
葉漏れ日が眠りを誘ってくる と
何か頬に触った気がして 
見ると 血の凝ったように赤い桜の実
この世で最も完璧な細工のひとつだった
落ちてきた偶然の贈り物
つかのま魅了してやまない
はかなく美しい玩具
 
あのビー玉もそうだった
盗まずにいられなかった
火に炙ったせいで ひび割れ
なかが迷宮のようになったガラス玉
クラスメートの自慢したそれを奪い
家でうっとり眺め暮らした
気づかない彼女に会うとわくわくした
一年くらいして電話で告白すると
忘れていたというあっさりした返事
以来 ビー玉は魔力を失い
行方知れずになった
ああいうものはどこへ消えるのだろう
初夏の陽ざしに一瞬きらめいて胸を刺す
記憶の浜辺に打ち上げられた
いとしい 小さい宝物たち
道端のビニールを敷いただけの店で
髪の長い男が作った針金ブローチも
宵宮で買った色のきれいな組み紐も
どれも捨てた覚えはない
けれどいつのまにか
野の花は髪に似合わなくなっている
 
鏡のなかで唇にさす紅が深くなるのは
移ろう時を引き受ける覚悟がないからだ
 
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公開日:2023年5月7日